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2009年08月 アーカイブ

2009年08月06日

戦後に成立した国際連合に

戦後に成立した国際連合に、イギリスはパレスチナ問題を提訴。国連は1947年11月に、パレスチナにアラブ人国家とユダヤ人国家双方を分割して建設する国連決議を採択し、イギリスによる委任統治が終了することが決定した。アラブ人側は、人口の半分に満たないユダヤ人に大量の土地を与えるこの国連決議に反発し、これ以降ユダヤ人とアラブ人双方の間で、武力衝突(暴動・テロ)が頻発することとなった。

1948年5月14日、イギリスによるパレスチナ統治終了の日に、ユダヤ人はイスラエル建国を宣言した。しかし翌日に周辺国が総攻撃した。

アラブ諸国は「イスラエルは一方的に独立宣言をし、国連の分割決議で定められた領土を超えて占領し、アラブ人がイスラエル占領地から追い出され、多くのパレスチナ難民が発生している」と世界中に訴えている。しかし第一次中東戦争の時にイスラエルの独立の翌日に先制総攻撃を行ったのはアラブ諸国である。

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またイスラエルはアラブ人の迫害行為を認めず、アラブ諸国は先制攻撃したのに関わらずパレスチナ難民の受け入れを拒み続けており、お互いの過ちを認め合っていない。

今でもイスラエルとアラブ諸国は犬猿の仲であり、現在でもテロは絶えず、パスポートにイスラエルの入国スタンプがあるだけでアラブ諸国では入国拒否される程であり、旅行者はイスラエル入国スタンプを別紙に押せば回避ができる。

2009年08月17日

ジェット旅客機の誕生

ジェット機は第二次世界大戦中にドイツとイギリスで戦闘機として実用化された。プロペラ機の2倍近い速度が出せるジェット旅客機は、戦後まずイギリスで中型機コメットとして誕生した。プロペラ機特有の振動から開放された快適さと高速で画期的な飛行機とされたが、与圧室の強度不足から相次いで空中爆発事故を起こしたり、乗客36名(当時の4発プロペラ機の半分)など中途半端な機体であった。本格的ジェット時代はアメリカのボーイング707の誕生によって開かれた。その後ジェットエンジンは燃費の悪いターボジェットから燃費の良いターボファンジェットに進化し、航続性能も大幅に改善された。

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デハビランド・コメット : 初飛行1952年、巡航速度720km/時、乗客36名。世界初の実用4発ジェット旅客機。世界初のジェット旅客機だったが、気圧の低い高々度での与圧の繰り返しによる金属疲労が原因の墜落事故(コメット連続墜落事故)が多発した。これらの問題を解決したコメット4が1958年に就航したが、下記ボーイング707などの本格ジェット旅客機に主役の座を奪われた
ボーイング707 : 初飛行1957年12月20日、巡航速度973km/時、乗客140 - 200名。従来のプロペラ4発機の2倍の速度と2倍の搭載量を持つ真に画期的な4発ジェット旅客機。運用する航空会社にとっても「確実に儲かる」機体であった。

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